スクリュードライバー

 

 

まもなく、ハプチョン方面外回り列車が参ります。乗客の皆様は安全にご乗車ください。

“あれ乗ろう。”

私は兄をぼんやりと眺めた。

“ここから総合運動場駅まで行くなら、ハプチョン方面でもシンチョン方面でもほぼ一緒だから。”

それは私も知っていた。私は黙って兄について行った。兄は振り向きながら、覚えとけとばかりに言い足した。

“あれ知ってる?時計回りに回ると内回りで、反時計回りに回ると外回り。”

それは知らなかった。ドアが開いて、だいぶ多くの人々が降りて来た。列車に入ると、ちょうど空いている席があったので、並んで座った。ドアが閉まって、列車が動き出した。私の反対側も空いていて、窓に姿が映っていた。フィルムみたいな薄暗い背景に自分の顔がぼやっと浮かんでいて、偶に白い光がすれ違って行った。

私たちはレディーガガの三回目の来韓ライブに行くところだった。

レディーガガの二回目の来韓ライブは二年前、私が高校三年生だった時に開かれた。(一回目は2009年8月。その何ヶ月か前にはテレビ出演と小規模のライブもあった。当時の観覧等級は12歳以上観覧可だった。)二回目の来韓ライブも当初は12歳以上観覧可となっていたが、何らかの複雑な理由で18歳以上観覧可に変更されてしまい、私はライブに行けなくなった。その時はもう誕生日も過ぎて、私は既に18歳になっていたが、高校に通っている学生に限っては18歳を過ぎても18歳以上観覧可の公演、だけではなく映画もゲームも禁止されているとの事だった。法律上そうなっているって。それで、私は担当職員に尋ねた。

“いや、それじゃ学校に通ってなかったら、これを見れるっていう事ですか?”

“はい、そうです。お客様。”

そんな、とんでもない話があるかと大声を出して電話を切った。私はまったくあきれてしまって、本当にそうなのか、今度はインターネットを探り始めた。それは本当だった。オーマイガッ。

海外歌手の公演を開催する為には、映像物等級委員会から青少年有害か無害かの推薦を貰わなければならないそうだ。ところで、女性家族部は昨年、既にレディーガガの曲の中1曲を青少年有害媒体物に指定していた。映等委は公演にその曲が含まれる事から、法的効力を持つ女家部の決定を尊重し、尚、総合的に扇情性を判断して青少年有害推薦をしたと明かした。そして、女家部は映等委が彼らを口実に利用していると不快感を表し、公演推薦は映等委の所管で、今まで青少年有害曲が含まれた全ての公演に対し、映等委が青少年有害推薦をした訳ではないと、まるで親善試合中のプロ選手たちのようにピンポン球を打ち合った。

それに、そもそもその一曲が青少年有害媒体物に指定された事にはまた虚をつく理由があって、それは何かエロいだとか危ないだとかでもなく、歌詞にお酒を飲む内容が入っているからだそうだ。これはもう分かってやってるのか、何も分からずやってるのか、ボケているのか、巧妙なのか、とにかく一箇所も納得できる所がなく悔しくて、涙ぐんだ目で息巻いていたら、横から兄が話をかけてきた。

“おお、哀れな事に。我が愛しい妹がまだまだ若過ぎてー、レディーガガも見れないと。”

“黙れ。消え失せろ。出てけ。”

“ええ、兄ちゃんが可愛い妹の為にチケットも買ってあげたのに、そんな酷い事言わないで。”

それは事実だった。今はただ私の怒ってる姿が面白くてからかっているけど、兄は私と一緒に行こうとチケットを二枚買ったのだった。少し考えてみると、こうして私をからかうのも私の気分を晴らす為な訳だ。しかし、今私は怒っているから、あまり笑顔を見せたくはなかった。

“払い戻しは手数料かからないんだって。”

つっけんどんに言って膨れっ面をしていたら、兄が少し迷いながら言った。

“いや、払い戻しはいいや。誰か連れて行くから。ま、俺も一応見に行きたいけど、ひとりはちょっとあれだし。”

“誰?”

“え…セジン?”

やっぱりね。兄ちゃんの友達ってセジンの他に誰がいるんだ。二人は幼稚園からずっと同級生で、同じクラスの期間がそうではない期間より長い。中三から高二までは三連続で同じクラスになる記録を達成した事もある。最近は二人で何かバンドみたいなものをやっているらしい。曲は一緒に書いて、兄がギターを弾きながら歌を歌って、セジンがベースを弾く。ジャンルはパンクを基にやりたい事を自由にやるとは言ってるけど、正直雑だった。他の事は置いといても、とりあえず兄の歌が下手くそだった。だから、下手くそな歌をただうるさく潰しといて、それを勝手にパンクだと言い張っているように見えた。でも、歌詞とメロディ自体はそんなに悪くはなかった。その曲でパンクではないものをすればいいのに。セジンはパソコンで録音もするし、ピコピコする電子音も上手く作るし、むしろエレクトロニカみたいなやつをやった方がいいんじゃないかな。

“バンドはさあ、やっては…やって、いる?”

思いどおり言葉が上手く出てこなかった。セジンの話になると、何故か落ち着いて話せなくなる。そんな気色を隠す為にわざと何気ないように言おうとしたのが、逆に気まずく聞こえてしまったみたい。顔が赤くなる寸前、兄が突然私の目を見つめながら言いだした。

“ああ、愛しい我が妹よ。”

私が先だってびっくりして、まだ目を避けられないうちに、兄がいきなり舞台俳優のようにセリフを吐き出し始めた。

“この地に真正のパンク・ドラマーはいないのか!リンゴ・スターは?ジョン・ボーナムは?ラーズ・ウルリッヒは?せめてヨシキさえいないのか!”

“兄ちゃん。”

私は呆気にとられて言った。

“なんで?”

“その人達、皆んな、パンクじゃない。”

“そう?”

“リンゴ・スターはビートルズだからロックンロール、ジョン・ボーナムはレッド・ツェッペリン、ハードロック。ラーズ・ウルリッヒはメタリカだからヘヴィメタル。ヨシキはエックス・ジャパンだから…ビジュアルロック?”

“じゃあ、有名なパンク・ドラマーは誰がいる?”

“うん…あんまりいないけど…それでも近い人だったら…ニルヴァーナ時代のデイヴ・グロール?”

その名前を聞いた兄がそれぞ良い考えとばかりに言った。

“そうか。だったら、レディーガガのライブに行って、デイヴ・グロールに似た人を探してみよう。”

 

あなたの醜さが欲しい

あなたの不健全さが欲しい

あなたの全てが欲しい

気ままにできるものなら

あなたの愛が欲しい

愛ー愛ー愛

あなたの愛が欲しいの

あなたのドラマが欲しい

あなたの温もりが欲しい

あなたの砂浜の中、スタッズで飾られた革みたいなキッスが欲しい

あなたの愛が欲しい

愛ー愛ー愛

あなたの愛が欲しいの

あなたを欲しがっている事をあなたも知ってるでしょ

あなたを必要としている事をあなたも知ってるでしょ

それが悪い事だったらいいね

あなたの悪いロマンス

 

次の停車駅はシンドリム、シンドリム駅です。左側のドアが開きます。

兄とセジン、そして私。三人は小さい頃から兄弟のように育った。セジンはひとり息子で、互いの両親同士も仲が良く、初等学校の時は互いの家に遊びに行って寝泊りする事もしばしばあった。しかし、時が過ぎて、私たちの背が伸びるほど、私はだんだん隔たり始めた。兄とセジンは相変わらず仲が良くて、殆どの時間を一緒に過ごしていたが、私は兄ともセジンとも会う機会がだんだん減って行った。二人が大学に行って、私が受験生になってからは尚更そうだった。

その頃の自分の感情とは何だったのかな。寂しさだったのかな、憧れだったのかな、心細さだったのかな。そういったものを恋愛感情と勘違いしたのではないのかな。

当時に兄とセジンがどういう風に付き合っていたのか詳しくは知らない。私は興味の無い振りをしたし、兄は敢えて話していなかった。そして、私は目を閉じて想像してみる。ドアが開いて、人々が抜け出して、ドアが閉まって、体が軽く右に片寄る。

兄はセジンと一緒にバーにいた筈だ。(’バー’と言ってもスーツ姿の大人達が座って、カクテルを飲むそんな所ではなくて、うちの兄みたいな人達が安いビールなんかを呑み込んで、好きな音楽をリクエストして聴く、そういう所だ。そこでは偶にインディーズ・バンドのライブが開かれたりもしていて、私も何回かついて行った事があった。)多分その日も二人はインターネットの求人広告で出会った新しいドラマーの候補と一緒にリハーサルをやってみた筈で、いつもと同じに大きく落胆した振りをしながら、ビールでも呑んでいた筈だ。

“セジン。”

“何だ?”

“愛してる。”

“ごめん。俺、ずっと前から好きな人がいるんだ。”

セジンは寡黙で内気な性格だけど、真剣な表情で人を笑わせる、そういうタイプの人だった。いわゆる竹馬の友と呼ばれる人達が皆そうかは分からないが、二人は似ている所もあれば違う所もあった。

“セジン。”

“嫌だ。”

“レディーガガのライブ、一緒に行こう。”

“嫌だってば。”

“可愛い女の子たち、たくさん来るぞ。”

“嫌だってば。”

“お前、うちの妹の事、好きか?”

“……。”

“一緒に行ってデイヴ・グロールに似た人を探すんだ。”

“それはまたどういうこと?”

 

2012年4月23日、ライブの四日前にチャムシル総合運動場に掛かっていたレディーガガ公演のプラカードが破れた。レディーガガを嫌う人達はその現場の写真をライブ前日の26日からフェイスブック、ブログ、ツイッターなどインターネットを通して、次の内容と一緒に拡散させた。プラカードは神様が強い風を巻き起こして破られた。全ての主の聖徒よ、断食して祈祷せよ。明日豪雨が襲うか、ガガの健康が悪化するか、舞台設備が壊れて公演が中止になりますように。

しかし、ライブ当日、豪雨は襲わず、天気は稀な快晴であり、ステファニー・ジョアン・アンジェリーナ・ジャーマノッタ(当時26歳、寅年生まれ)は申し分なく元気であった。そして、朝から変な仮装をしたモンスター達がメインスタジアムの前に集まって来た。赤いウィッグを被ったモンスター、青いウィッグを被ったモンスター、黄色いテープを全身に巻いてコカコーラ缶で髪を飾ったモンスター、羽の付いた白いドレスを着たモンスター、ゾンビみたいに白と黒と赤のメイクをしたモンスター、韓服(ハンボク)を着て幽霊に扮したモンスター、フィッシュネットタイツを履いたモンスター、普通のタイツを破いてフィッシュネットタイツにしたモンスターなどなど。

そういったモンスター達の中で兄はデイヴ・グロールに似た人を二人見つけ出した。一人はアメリカ人で本当によく似ていたが、ドラムが叩けるかと聞いたら、残念ながら出来ないと答えた。他の一人は韓国人で、実際にドラムの演奏もできる人だったが、今やっているバンド以外の活動は遠慮しているとの答えが返った。

一方、セジンは可愛い女の子を探していた。しかし、こんな修羅場の中では一見可愛く見えても、本当に美人かどうかなかなか確信がつかなかった。

そして、二人は混乱に陥ってしまった。

“これは、まったく…”

“まぁね。ここに来たら何かがあると思ったらな。”

“えっ、あそこ!”

“うん、どこ?”

“あそこの女の子。可愛くない?”

兄はセジンの指差す方向を見ながら話した。

“お前はさあ、デイヴ・グロール似の人を探せと言ったらさ、一体…。へ、確かに可愛いね。ほら、どこ行くんだ?”

“電話番号聞く。”

“おい、やめとけ。本気じゃないだろう。”

二人は木陰に座って、やや暑くなってきた春の午後の日差しを避けていた。空は青く、雲が一つポッカリと浮かんでいた。あちこちで公演に行かずにイエス・キリストを信じなさいと叫ぶ声が聞こえた。ピケットを手に持った人もいれば、ひざまずいて祈祷する人もいた。その横を散歩中の犬1匹が舌を出してしっぽを振りながら通りすぎた。

“でもな、何か結構楽しくない?”

“そうね。お前の妹も一緒に来れば良かったな。”

兄は少し迷いながら言った。

“お前…違うよな?”

“何が?”

“いや、何でもない。”

セジンは遠ざかっていく犬の後ろ姿を眺めながらふと呟いた。

“俺もよく分からないんだ。”

日がだんだんと暮れていって、入場の為に並んでいた長蛇の列がメインスタジアムの中にどんどん進み席をいっぱいに満たした。5万の観客が集まった中、いよいよライトが消えステージがその姿を現した。レディーガガは黒い馬に乗って現れた。これから41カ国64都市で98回上演される『ザ・ボーン・ディス・ウェイ・ボール』ツアーの最初の曲、『ハイウェイ・ユニコン』はそうして始まった。

ライブが終わると、兄とセジンはメインスタジアムを出て、駅に向かって歩いていた。ゆっくりと出てきたせいか、道はそれほど混雑してもなく、あちこちに集まって話し合ったり写真を撮ったりする人々が見えた。皆、先の興奮がまだ収まらないままの怠さを感じていた。

二人の後ろ側のどこからか歌声が聞こえてきた。兄とセジンは振り向いた。誰かが歌いながら歩いて来ていた。

 

同性愛だろうと、異性愛だろうと、両性愛だろうと

レズビアンだろうと、トランスジェンダーだろうと

私は間違っていない

私は生きていく為に生まれたの

黒人、白人、黄色人種だろうと

ラテン系だろうと、東洋人だろうと

私は正しい道を進んでいる

私は生まれた時から勇ましかったから

私はありのままで美しい

神様は間違いをおかさないから

私は正しい道を進んでいる

私はこういう風に生まれて来たから

後悔の中に隠してしまわないで

自分を愛すればそれで大丈夫

私は正しい道を進んでいる

私はこういう風に生まれて来たから

 

足を止めさせる歌声だった。周りに立っていた人々が手拍子を打って呼応した。兄はその顔を見てふと気付いた。可愛い女の子だった。女の子は周囲の視線が気にならないのか、楽しそうな表情で二人の横を通り過ぎた。

“セジン、この人、先の…”

“必要なのはドラマーなんかじゃなかった。”

セジンが独り言のよう呟いた。

“はあ?”

兄が何かを言おうとする間もなく、セジンがつかつかと歩き出した。

“おい、どこ行くんだ?”

セジンは早足で女の子に近づき、何か話をかけた。女の子が怪訝な表情でとつとつと答えると、セジンは携帯電話を取り出してメモを取った。挨拶を交わし、女の子はまた道を進んで行った。

兄はその場で立ったまま、一連の様子を見守っては、ぎこちない表情でセジンに近寄った。

“ついに電話番号聞いたか?”

“いや、メールアドレスだけ貰った。曲送ろうと。”

“曲?何の曲?”

兄が怪しげな声で聞いた。

“俺たちさ、もうドラマー探すのはやめて、エレクトロニカやらない?この人をヴォーカルに貰って。”

“えっ?どう言うこと?”

“お前の妹が前にそう言ってた。俺らの曲、違う人に歌わせた方が絶対良いってさ。”

兄は少しぎっくりしたが、すぐ納得した表情になった。

“でも、まだアレンジとか全然できてないし。どうするつもり?”

セジンがにやりと笑いながら言った。

“今日からやるんだ。ギターはお前が弾け。”

 

次の停車駅は総合運動場、総合運動場駅です。右側のドアが開きます。

兄と私は駅を出てメインスタジアムに向かって歩いた。人混みは2年前よりは少ない方だった。今回の来韓ライブは色んなチームが出るフェスティバルの一部だから、もう大半の観客は中に入っているようだった。それでも、私は何だかこの道に馴染みがあるように感じた。その時もこうして歩いて行って、レディーガガのライブを見たような気がする。そして、ライブが終わって、この道をまた降りて来たような気がする。

メインスタジアムの中に入った。そこはレディーガガの公演ステージを設置する最中で、変な仮装をしたモンスター達がステージを眺めていた。何だか、こういった光景にも馴染みがあるように感じた。自分もこんな格好をして、レディーガガの登場を待っていたような気がする。

準備時間延長による開演遅延の場内アナウンスが流れた。レディーガガは今回はどんな姿で現れるだろうか。私は目を閉じて想像してみる。

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